原宿の裏通りに、小さなゴシックロリータの専門店がある。黒いレース、十字架、薔薇、ベルベットのリボン。店員の黒川玲奈は、店の服を自分でも毎日着ていた。白い肌、深い赤の口紅、腰まである黒髪。
閉店後、彼女は店の中で写真を撮った。マネキンの間に立ち、蝋燭を灯し、黒いドレスの裾を床に広げる。OnlyFansの認証済みのページには、そうした写真が並んでいた。昼の店では見せない、もう少し大人の黒。
青年
彼は毎週水曜日の夕方に来た。グレーのパーカー、眼鏡、少し猫背。店の中をゆっくり一周して、いつも同じドレスの前で立ち止まった。黒いベルベットに、銀の刺繍で月の満ち欠けが描かれた一着。
そして何も買わずに帰った。
五週目、玲奈は声をかけた。そのドレス、気になりますか。
彼は真っ赤になった。すみません。妹が昔、こういう服が好きで。僕には似合わないのに、見に来てしまうんです。
名前は湊といった。美大で舞台美術を学んでいた。
夜の店
その夜、玲奈のページに新しいメッセージが届いた。湊からだった。彼は購読者だった。
今日はありがとうございました。実は、ページで先にあなたを知っていました。店に来たのは、写真の中の世界を自分の目で見たかったからです。気持ち悪かったら、もう行きません。
玲奈は気持ち悪いとは思わなかった。正直な人だと思った。
水曜日、閉店後に来てください、と彼女は返した。撮影を手伝ってほしいの。ルールは私が決めます。
撮影
水曜日の夜、店の明かりを落とし、蝋燭だけにした。湊は脚立を持ち、ライトを支え、玲奈が指示するとおりに動いた。彼は一度も勝手に触れなかった。何かを直すときは、必ず先に聞いた。
髪を肩から下ろしてもいいですか。 いいわ。
彼の指が首筋に一瞬触れた。玲奈は、カメラのシャッターの音より自分の鼓動のほうが大きく聞こえた。
最後に、彼女はあの月のドレスを着た。銀の刺繍が蝋燭の光で揺れた。
これは、あなたが見に来ていたドレス、と彼女は言った。
湊は何も言えなかった。
真夜中
撮影が終わったのは真夜中だった。二人は店の前の階段に座り、自動販売機の温かい紅茶を飲んだ。
湊は妹の話をした。十年前に病気で亡くなったこと。彼女が着たかった服を、自分は一度も買ってあげられなかったこと。
玲奈は黙って聞いていた。そして彼の肩に、そっと頭を預けた。
その週の写真は「月の満ち欠け」というシリーズになった。説明文の最後に、玲奈は一行だけ書き加えた。
着たかった人と、見ていてくれた人へ。



