フィクション · 18+ゴシック・ロマンス2分で読めます

黒の真夜中

彼女は黒いドレスを売っていた。彼は毎週来て、一着も買わなかった。

A dark rose on a black background
Photo: Adrian Regeci · Unsplash

原宿の裏通りに、小さなゴシックロリータの専門店がある。黒いレース、十字架、薔薇、ベルベットのリボン。店員の黒川玲奈は、店の服を自分でも毎日着ていた。白い肌、深い赤の口紅、腰まである黒髪。

閉店後、彼女は店の中で写真を撮った。マネキンの間に立ち、蝋燭を灯し、黒いドレスの裾を床に広げる。OnlyFansの認証済みのページには、そうした写真が並んでいた。昼の店では見せない、もう少し大人の黒。

青年

彼は毎週水曜日の夕方に来た。グレーのパーカー、眼鏡、少し猫背。店の中をゆっくり一周して、いつも同じドレスの前で立ち止まった。黒いベルベットに、銀の刺繍で月の満ち欠けが描かれた一着。

そして何も買わずに帰った。

五週目、玲奈は声をかけた。そのドレス、気になりますか。

彼は真っ赤になった。すみません。妹が昔、こういう服が好きで。僕には似合わないのに、見に来てしまうんです。

名前は湊といった。美大で舞台美術を学んでいた。

夜の店

その夜、玲奈のページに新しいメッセージが届いた。湊からだった。彼は購読者だった。

今日はありがとうございました。実は、ページで先にあなたを知っていました。店に来たのは、写真の中の世界を自分の目で見たかったからです。気持ち悪かったら、もう行きません。

玲奈は気持ち悪いとは思わなかった。正直な人だと思った。

水曜日、閉店後に来てください、と彼女は返した。撮影を手伝ってほしいの。ルールは私が決めます。

撮影

水曜日の夜、店の明かりを落とし、蝋燭だけにした。湊は脚立を持ち、ライトを支え、玲奈が指示するとおりに動いた。彼は一度も勝手に触れなかった。何かを直すときは、必ず先に聞いた。

髪を肩から下ろしてもいいですか。 いいわ。

彼の指が首筋に一瞬触れた。玲奈は、カメラのシャッターの音より自分の鼓動のほうが大きく聞こえた。

最後に、彼女はあの月のドレスを着た。銀の刺繍が蝋燭の光で揺れた。

これは、あなたが見に来ていたドレス、と彼女は言った。

湊は何も言えなかった。

真夜中

撮影が終わったのは真夜中だった。二人は店の前の階段に座り、自動販売機の温かい紅茶を飲んだ。

湊は妹の話をした。十年前に病気で亡くなったこと。彼女が着たかった服を、自分は一度も買ってあげられなかったこと。

玲奈は黙って聞いていた。そして彼の肩に、そっと頭を預けた。

その週の写真は「月の満ち欠け」というシリーズになった。説明文の最後に、玲奈は一行だけ書き加えた。

着たかった人と、見ていてくれた人へ。

この物語はフィクションです。登場人物はすべて架空の成人(18歳以上)であり、実在の人物との類似はすべて偶然です。

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