由香と隆は結婚して十年、大阪の天満で小さなお好み焼き屋を営んでいた。朝から晩まで一緒に働き、夜は店の二階でビールを一本ずつ飲む。それが二人の毎日だった。
ある夜、店を閉めたあと、隆がぽつりと言った。
由香が、他の男に見とれられてるの、俺、嫌いやないねん。むしろ、ちょっと嬉しい。
由香は笑わなかった。しばらく黙ってから、言った。うちも、ちょっと考えたことある。
ルール
二人は店の注文票の裏に、ルールを書いた。何でも二人で決める。秘密はなし。どちらかが「やめよう」と言ったら、理由を聞かずにやめる。そして一番大事なルールに、由香は二重線を引いた。
本物やと分からん人とは、絶対に会わへん。
二人は共同のOnlyFansページを作り、認証を済ませた。由香の上品な写真と、ときどき隆の手が彼女の腰に添えられた写真。メッセージは隆が読み、返事をするかどうかは由香が決めた。
男
彼は「翔」と名乗っていた。何か月も前からの購読者で、いつも二人に向けて書いてきた。自分の希望より先に、二人の境界線を尋ねた。
ある日、由香は証明を求めた。
今日のあなたの写真をください。紙に手書きで「由香と隆、大阪」と、今日の日付を書いて持って。そのあと、二人とビデオ通話をしてください。
写真はその夜に届いた。ワンルームの部屋で、少し照れた顔の男性が、きれいな字で書いたメモを持っていた。後ろの棚には阪神タイガースのグッズが並んでいた。
翌日のビデオ通話は三十分続いた。翔はずっと緊張していて、よく笑った。そして隆に向かって、二回言った。
決めるのはお二人です。隆さんが嫌やったら、それで終わりです。
隆は由香を見た。由香は小さく頷いた。ええよ、と隆は言った。
夜
三人は梅田のホテルで会った。隆は窓際のソファに座り、街の灯りを背にして見ていた。由香は何度も隆のほうを振り返った。そのたびに隆は頷き、そのたびに由香は自分がきれいになっていく気がした。
帰りのタクシーで、由香は隆の肩にもたれて言った。
うちが見てたの、あんたやで。あの人やない。
隆は黙って彼女の手を握った。
証明
翌朝、店の仕込みをしながら、由香はあの日付のメモを冷蔵庫の扉の内側に貼った。お客さんには見えない場所に。
何それ、と隆が聞いた。
証明、と由香は言った。あの人が本物やったっていう証明。それと、うちらがちゃんと二人で決めたっていう証明。
隆は笑って、鉄板に油をひいた。いつもと同じ朝だった。いつもより少しだけ、二人の距離が近かった。



